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東京都
【指南744 人には、それぞれの使命がある】

■人生をかけてアメフトに恩返しがしたい

先週今週は、大阪体育大学でスポーツ心理学の研究をされている中村珍晴(たかはる)さんに登場いただいています。
2012年から4年間、天理大学のアメフト部でヘッドコーチを務めた中村さん。車いすというハンデを乗り越え、就任4年目でチームを上位リーグに導くなど、確かな実績を残しました。中村さんが車いすの生活を余儀なくされたのはアメフトのため。でも今、中村さんは、「一生をかけてアメフトに恩返しをしたい」と言います。それはなぜなのでしょうか。今回は、私たち一人ひとりの“使命”について、じっくり考えてみたいと思います。

事故が起きたのは、2007年9月1日。その日は、中村さんにとって初の公式戦でした。しかし、14-7でチームは劣勢。迫り来る相手選手を何とかブロックしようと、中村さんは上体を低く構え、前へ踏み出しました。その次の瞬間です。大きな衝撃と共に身体は宙高く舞い上がりました。

「突然周りの光景がスローモーションになったと思ったら、次の瞬間、僕の目の前に広がっていたのは、夏の青い空でした。チームメイトの『早く戻れ』という声は聞こえるのですが、首から下がまったく動かない。異変に気づいたチームスタッフが、すぐさま僕を担架で運びます。その場にいたドクターが『腕を動かしてみて』と声をかけてくれたのですが、まるで動かせない。大袈裟な言い方をすると、自分の身体に頭しか残っていないような感覚でした」

そんな経緯を聞くと、多くの人がこう訊ねるそうです。「なぜ自分の運命を変えたアメフトに今も関わり続けているの」と。その問いに、中村さんはこう答えます。

「頭を下げて相手にぶつかるというのは、アメフトでは絶対にやってはいけないことのひとつ。だから、あの事故は僕のミスが招いた自損事故なんです」

自らの運命を変えた出来事を、「自損事故」と言い切るのは、決して容易いことではありません。不遇や不運を「決して環境や人のせいにしない」と誓った中村さんだから到達した言葉です。

「僕が怪我をしたことで、多くの人が『アメフトは危険なスポーツだ』と思ってしまうかもしれない。それが辛かった。だからこそ、この身体でチームに戻り、アメフトの素晴らしさを伝えていくことが、アメフトへの恩返しだと思ったんです」

中村さんは「残りの人生をアメフトに捧げたい」と心に誓っています。そう強く宣言できるのも、障害を負った自分が、これからどうやって世の中に貢献できるか深く深く考えたからこそ。生を受けたからには、どんな人にも必ず何か人生の意味があるはず。

今の自分の役割は何なのか?これからどうやって自分の命を果たしていくのか。自らの“使命”を考えることこそが、人生に充実をもたらすのだと、中村さんの生き様が語っています。

次回は最終回。更新は3月14日(水)、「幸せを感じる力」です。ぜひご覧ください!

(写真)2008年に東京ドームで開催された、ノートルダムジャパンボウルにて。「受障1年目に天理大学アメリカンフットボール部監督の糸賀さん(写真右)に招待していただき観戦をしました」(中村さん)
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