駒崎弘樹氏/認定NPO法人フローレンス 代表理事
1979年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。2004年にNPO法人フローレンスを設立。日本初の「共済型・訪問型」の病児保育サービスを首都圏で開始、共働きやひとり親の子育て家庭をサポートする。
2010年からは待機児童問空き住戸を使った「おうち保育園」を展開し、政府の待機児童対策政策に採用される。
2012年、一般財団法人日本病児保育協会、NPO法人全国小規模保育協議会を設立、理事長に就任。
2010年より内閣府政策調査員、内閣府「新しい公共」専門調査会推進委員、内閣官房「社会保障改革に関する集中検討会議」委員などを歴任。現在、厚生労働省「イクメンプロジェクト」推進委員会座長、内閣府「子ども・子育て会議」委員、東京都「子供・子育て会議」委員、横須賀市こども政策アドバイザー、休眠口座国民会議呼びかけ人、全国医療ケア児者支援協議会 事務局長、一般社団法人ジャパンダイバーシティネットワーク呼びかけ人、公益社団法人 ハタチ基金 共同代表を務める。
著書に『「社会を変える」を仕事にする 社会起業家という生き方』(英治出版)、『働き方革命』(ちくま新書)、『社会を変えたい人のためのソーシャルビジネス入門』(PHP新書)など。
一男一女の父であり、子どもの誕生時にはそれぞれ2か月の育児休暇を取得。
近年、「ソーシャル・ビジネス」「社会起業」という概念が広がってきた。これは、社会的課題の解決に向けた取り組みを「事業」として展開するというもの。対象となる主な課題としては、福祉、少子高齢化対策、教育、環境、地域活性などが挙げられる。
日本における「社会起業家」の先駆者といえるのが、認定NPO法人フローレンスの代表理事・駒崎弘樹氏だ。2004年に創業。「病児保育」(発熱などの急病により保育所が預かれない子どもを一時的に預かる)サービスを提供し、共働きやひとり親の子育てを支えてきた。
駒崎氏と学生インターン数人でスタートした組織は、現在、約350名規模に拡大。200名を超える保育スタッフのほか、88名の事務局スタッフが在籍する。もともと一般企業に勤務していた中途採用者も多く、中には年収が大幅ダウンとなりながらも「働きがい」「働きやすさ」に惹かれて転職してきたメンバーもいる。
「株式会社」ではなく「NPO」として事業を行う意義やメリットはどこにあるのか。NPOならではの「働きがい」とは。駒崎氏にこの10年を振り返っていただいた。
■「社会の役に立ちたい」。IT企業の社長を辞める
駒崎氏は大学時代からITベンチャー企業を経営していた。しかし、周囲の若手起業家たちが「IPOを目指す」と息巻く中で、「自分の目標はそれなのか?」という違和感を抱いていたという。考え続けた末に気づいたのは、自分の中に潜んでいた「日本社会の役に立ちたい」という思い。しかし、そのためにはどうすればいいのか、どんな職業に就けばいいのかわからなかった。
迷路をさまよう途中、ネットの検索画面に「社会」「問題」「解決策」「職業」などのワードを英語で打ち込んだ。そうしてたどり着いたのが、アメリカのNPOのサイトだった。2003年、日本では「NPO」という言葉がほとんど認識されていない時代。駒崎氏自身も、「割烹着で炊き出しをする」ボランティア団体の延長というイメージを抱いていた。
「そのNPOのサイトを見て衝撃を受けました。自分が経営するITベンチャーのサイトよりも洗練されていてかっこいい。しかも、中を見ると『CEO』『マーケティングディレクター』と称する人物が名を連ねている。これはどういうことだ、とアメリカのNPO事情を調べまくりました。そして、以前の『運動によって社会問題を解決する』から『事業によって社会問題を解決する』という方向に進んでいることを知り、『これだ』と直感したんです」
■「きっと喜ばれる」の確信に対し、思わぬ逆風が吹く
「社会起業」という道を見出した駒崎氏だが、どんな社会問題に向き合うかは当初は決まっていなかった。「病児保育」というテーマに出会ったのは、母からかかってきた1本の電話を思い出したのがきっかけだった。
「ベビーシッターをしていた母が、お得意さんから『頼むのは今日で最後』と言われたというんです。理由を聞くと、そのママは子どもの風邪が長引き、会社を休む日が続いたことから解雇されてしまったのだとか。『おかしい!』と思いました。子どもが熱を出すのも、親が看病するのも当たり前のことなのに、それで職を失うなんて。そんな社会であってはならない、という思いから、『病児保育』というテーマに取り組むと決めたんです」
「社会的に意義がある」「多くの人に喜ばれる」。そう確信して病児保育事業の立ち上げに乗り出した駒崎氏だったが、当初は思いがけない反発や妨害を受けることになる。
「小児科医や保育団体の方々から助言をいただこうとしたんですが、門前払いされるか叱られるか。今でこそ『イクメン』がもてはやされていますが、当時は子どもがいない若い男性が保育、しかも難易度の高い病児保育を手がけるなんて、世間ではとうてい受け入れられなかったんです。それでも何とか協力者を得て、商店街の空き店舗を利用してサービスを開始しようとした矢先、その地区の行政トップの反対に遭って開業を阻止されたこともありました」
駒崎氏はあきらめなかった。「施設」を必要としない「訪問サービス」として展開することを計画。また、1回のサービスごとに報酬を受ける仕組みでは事業が成り立たないことから、掛け捨ての月会費を受け取る「保険型」「共済型」の料金体系とした。
2005年、サービスの開始を告知し、説明会を開催すると、問い合わせ、入会希望者が殺到。「必要とされている」という手ごたえを得た。サービスインの前後、メディアに取り上げられる機会も増えた。追い風を受け、フローレンスの事業は広く知れ渡った。
■ビジョンに共感した人々が引き寄せられ、さまざまな「頭脳」が結集
サービスインを控えた時期、1人の女性がフローレンスを訪れた。その女性は、フリーのマーケティング・コンサルタントとして大手企業の商品も数多く手がける人物。フローレンスの理念に共感し、「マーケッターとしての自分のスキルを役立ててほしい。無償で構わない」と申し出た。彼女はパンフレットやマニュアルの作成、ホームページの改善などを買って出て、フローレンスのサービスイン時期を支えた。
これを機に設けたのが「プロフェッショナル・ボランティア(プロボラ)」という制度。仕事を持つ社会人にボランティアとして参画してもらい、ビジネススキルを活かしてもらうというものだ。
「欧米では『プロボノ』と呼ばれる人々が活躍しています。これはラテン語で『公共の利益のために』という意味。弁護士や会計士などのビジネスプロフェッショナルが、仕事の時間の数パーセントを非営利活動に使うことが一般化されているんです。我々はいろいろなビジネスノウハウを得る必要があったし、こうした先例を作って広めていくべきだという思いもあり、協力者を募りました」
創業から約10年を経た現在、フローレンスには複数の「理事」が参画し、経営に関する意思決定に加わったり、アドバイスを行ったりしている。その中には、マーケティングのエキスパートのほか、世界有数の投資ファンドで企業再生を手がける「経営のプロ」もいる。顧問を務めるのは、国際的コンサルティングファームであるベイン&カンパニーの日本代表という地位にある人物だ。
「ふつうなら1時間あたり何十万円ものコンサルティング報酬を払わなければならないようなビジネスプロフェッショナルの方々が、無償で協力してくださっているんです。『公益のため』と、皆さん一肌も二肌も脱いでくださる。このように、ビジョンに対する共感を得られれば、さまざまなセクターの方々からサポートをいただける。非常にありがたいことですね。
一方、もともと病児保育サービスの利用者だった人も、理事として参画してくれています。お客としてだけでなく、経営にも関わる。与えられるだけでなく、与える立場になる。このように、お互いに貢献し合うという双方向性もNPOならではのもので、面白いと感じるところです」
■政府を動かし、新しい制度を生み出す
フローレンスの「ビジョン」のもとに動いたのは、ビジネス界のプロフェッショナルだけではない。「国の制度」もまた、駒崎氏の働きかけによって変化を遂げている。
フローレンスが病児保育の次に注目したのが、保育園に入れずにいる「待機児童」の問題。待機児童問題の解消に向けてフローレンスが発信した提案により、状況が大きく前進した。
「待機児童問題を解消する方法として我々が考えたのは、『空き家を活用して小規模保育を行う』という方法です。しかし当時、20人以上規模でなければ保育園を作れないという規制がありました。つまり、我々のアイデアは、通常なら認められないものです。しかし、厚労省に働きかけ『実験事業』という形で行うことを許可してもらいました。こうして、マンションや一軒家などで少人数の保育を行う『おうち保育園』を始めたのです」
「おうち保育園」は、政治家や官僚の視察を受け、「問題なし」と判断された。厚労省も同モデルを高く評価し、2012年、「小規模保育」を認める法案が成立。2015年4月から「子ども・子育て支援新制度」として施行された。「おうち保育園」が1園からスタートしたのが2010年。その5年後となる2015年4月時点で、小規模認可保育所は1655園に増加した。
「我々が『株式会社』だったら、こうはいかなかったでしょう。画期的なアイデアでも、政府に提案したところで、『それはあなた方が利益を得たいからでしょ』と見られてしまう。ビジネスと政治・行政にはどうしても距離が保たれます。けれどNPOは、『自分たちの利益のためではなく、子どもたちのため』と心から言うことができる。政治家や官僚の方々が耳を傾けてくれやすい。つまり、社会を変える仕組みや制度を提案できる立場にあるといえます。目の前の10家庭、20家庭を助けるだけでなく、全国の何十万という家庭を助けようと思ったら、やはり国の制度を変えたり、新設したりする必要がある。それを推進していくための乗り物として、『NPO』はとても乗り込みやすいし、動かしやすいものなんです」
制度改正により、1600園以上が新設された小規模認可保育所。フローレンスの「おうち保育園」事業にとっては、「競合」が爆発的に増えたことになる。駒崎氏はそれを「やったぜ、大勝利!」と喜ぶ。
「一般企業にとっては、競合が増えるのは望ましくないこと。けれど、NPOにとっては、多くの事業者が参入すれば多くの人が助かるからOK、と思えるんです。我々が目指す世界に近づいた、うれしい、と。競争に打ち勝つことを目指すのではなく、ピュアに社会問題の解決を主目標に据えられる。これは、精神的にすごく健康だと思いますね」
「社会をよりよくする」を軸に、フローレンスはさらに新しい事業に取り組んでいる。
(執筆:青木典子、写真:平山諭)
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